御朱印とうどんを極めたい!!

思うところがあってブログタイトルをリニューアルしました。今後とも一層の御贔屓をお願い申し上げます。

〖伊勢〗倭姫宮の御朱印は「倭姫宮印」と日付だけ

伊勢神宮内宮別宮の倭姫宮の御朱印は「倭姫宮印」と日付だけというシンプルさです。伊勢神宮の創建者である倭姫命(ヤマトヒメノミコト)をお祀りしており、お参りの際は御幸道路に出現する巨大な鳥居が目印となります。

御朱印は「倭姫宮印」と日付だけ

御朱印所

御朱印は社殿手前の宿衛屋で頂けます。

受付時間

10月・11月・12月5:30頃~17:00

1月・2月・3月・4月・9月5:30頃~18:00

5月・6月・7月・8月5:30頃~19:00

初穂料300円

御朱印

正宮や他の別宮と同様にグレードの高さを示す倭姫宮のシンプルな御朱印

正宮や他の別宮と同様にグレードの高さを示すシンプルな御朱印を頂きました。

倭姫宮の由緒

伊勢神宮の創建に生涯を捧げた倭姫命

伊勢神宮内宮でお祀りしている天照大御神の御神体である八咫鏡は当初宮中に祀られていましたが、第10代の崇神天皇の時代に外部に置かれることとなり大和の笠縫邑に祀られました。その後御神体を安定してお祀りできるような場所を探して各地を巡幸したのが第11代垂仁天皇の皇女である倭姫命です。

倭姫宮が巡った場所

大和から始まった巡幸は伊賀、近江、美濃、尾張を経て最終的に伊勢に入りますが、五十鈴川上流の現在の地に辿り着いたのは猿田彦神社の資料では猿田彦大神の子孫である大田命がお勧めして土地を寄進したとありますし、伊勢神宮の資料では天照大御神の神託があったとされています。この巡幸では立ち寄った各地にコメ作りを伝えたという話も伝わっています。

倭姫命は最後にたどり着いた地に神宮を創建し、年中の儀式や各種の御料地を定め、さらに斎戒や祓いの法を示すなど伊勢神宮の神社としての基盤を固めました。そしてそのまま伊勢の地で亡くなるのですから、伊勢神宮の創建に生涯を捧げたと言ってもいいでしょう。

大正12年に創建された倭姫宮

伊勢神宮の他の別宮の創建は奈良時代以前というものばかりですが、倭姫宮はぐっと新しく何と大正12年です。

伊勢神宮創建の大功労者であったにもかかわらず倭姫命をきちんとお祀りしたお宮がなかったため、倭姫命をまつるお宮の創立が大正元年より国に請願され、別宮としての創立が許可されたことから鎮座祭が執り行われました。

アクセス

御幸道路に出現する巨大な鳥居が目印です。

倉田山の入口

こちらが倭姫宮が置かれている倉田山の入り口で、神宮徴古館・神宮農業館・神宮美術館といった建物と同じ森の中に鎮座しています。

交通

近鉄五十鈴川駅徒歩約7分

JR・近鉄伊勢市駅から三重交通外宮内宮循環バス(徴古館経由)で「徴古館前」下車

地図

伊勢神宮の別宮

www.goshuinbukuro.com

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倭姫宮の境内

倭姫宮の一の鳥居

倭姫宮の一の鳥居です。

緩やかな下りのカーブ

うっそうとして森の中をゆるやかな下りのカーブが続いていきます。

予想以上に長い参道

参道は予想以上に長く続いていました。

石段

長い参道の最後に最後に石段が待っていました。

倭姫宮の社殿

倭姫宮の社殿

四つの社殿が横一列に並んでいた月讀宮と比べるとひっそりとしています。

古殿地

古殿地

倭姫宮でも式年遷宮が執り行われます。そのための古殿地です。

神明造

神明造

内宮・外宮と同じく神明造です。柱ではなく壁により天井を支えているため、柱と梁の間に隙間があります。こちらの詳しい内容は内宮の記事にてご説明しています。 

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