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酒と車と御朱印と

「毎日更新」心願成就へ向け飲んで走ってひたすら祈る!果たして奇跡は起きるか!

【御朱印】元三島神社はラブホ街のど真ん中で清々しさを死守していた

下谷神社で大祭限定の御朱印を頂いた後、鶯谷の元三島神社をお参りして菖蒲の節句限定御朱印を頂きました。

三島神社鶯谷駅のホームからも見えるような場所に鎮座しています。

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鎌倉時代に現在の愛媛県松山市の武将だった河野通有は二度目の元寇に際大三島大山祇神社に必勝祈願の上出陣した結果、神社の神使である白鷺に導かれ華々しい武功を挙げます。帰国に際し夢の中で大山祇神社武蔵国豊島郡に勧請せよというお告げを受けた通有が上野にある屋敷に分霊を鎮座したことがこの地の三島神社のきっかけとなりました。

三島大明神と呼ばれた大山祇神社から同じように勧請された三島神社は北海道から四国、九州にまで広がっています。

現在は台東区寿四丁目の本社三島神社とそこから分霊を勧請した下谷三丁目の三島神社、根岸一丁目の元三島神社と三つの三島神社台東区内に鎮座しています。

 

山手線の駅の中で鶯谷というのは誠に特殊な環境の中に位置しています。吉原という巨大な風俗街の最寄り駅である関係で南口のロータリーは風俗店の送迎車の待ち合わせ場所と化しています。学生時代に柔道部の同期生の中でここでOBと鉢合わせして気まずい思いをした者がいます。

 

一方北口を出るとそこは押しも押されぬ一大ラブホテル街です。戦後公娼制度の廃止により売春宿が連れ込み宿に転業して繁盛します。当時大きなキャバレーが2軒あったという鶯谷でも周辺のインク屋や下駄屋が次々と連れ込み宿に転業し、ホステスの利用で繁盛したといいます。当初木造だった建物が老朽化により思い切り新しい建物に建て替えられるという事が繰り返され、現在のような街並みになったようです

駅側から見た社殿です。神社以外には飲み屋とラブホテルしかありません。

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神社の入口へ向かいます。風俗店の無料情報館の看板の奥に社殿があります。

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道路を挟んで右が神社、左がラブホテルです。

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神社の入り口とラブホテルの入り口が隣り合わせです。

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しかし敷地内は一転して清々しい空間になっていました。

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手水舎の柄杓が普通サイズより大きなものでした。念入りに身を清めよということでしょうか。

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社殿まで階段を上がります。

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三島神社の社殿です。

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社殿からの眺望です。本来なら一面のラブホ街となるところを新緑がいい感じに目隠しをしてくれています。

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55日の端午の節句(菖蒲の節句)限定で当日限り青泥墨で書いた御朱印が頂けます。

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私の手持ちのカメラではこれが精いっぱいなのですが、字が青味がかっているのがお分かりいただけますでしょうか。

 

人間の本能や欲望といったようなものに完全に取り囲まれていながら神社としての品位や清々しさをきちんと守っているまことに不思議な空間でした。

 

◆下谷神社の金色の御朱印を求める行列は半端なかった記事 

minamimachida0706.hatenablog.com

最後までお読みいただきありがとうございます。