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酒と車と御朱印と

「毎日更新」心願成就へ向け飲んで走ってひたすら祈る!果たして奇跡は起きるか!

「西のアメ横」町田仲見世商店街は昭和の匂いがぷんぷんしていた

町田

現在町田駅小田急線とJR横浜線が交差するターミナル駅であり、周辺は百貨店や大型商業施設が立ち並び、大変な賑わいとなっています。
明治41年に横浜鉄道(現JR横浜線)が開通した当時町田の中心は原町田2丁目周辺で、そのため原町田駅(当時)は今よりずっと南側に開業しました。一方昭和2年に小田急線が開通した際は周辺の地形の関係で原町田駅に乗り入れることができず、街の中心から離れた現在の場所に新原町田駅として開業しました。


両路線の利用者の増加とともに街も発展し、昭和51年に小田急線新原町田駅町田駅に名称変更しましたが、その頃から問題となっていたのが原町田駅町田駅との乗り換えです。当時両駅の間は約700mの距離がありました。現在町田市文化交流センターの前で駅前通りから斜め方向に分岐して商店街の間を抜けていく道がありますが、大勢の乗り換え客がこの道をそれぞれの駅に向かって走ったため「マラソン道路」とまで呼ばれていました。
その後周辺の再開発に伴い昭和55年に横浜線町田駅小田急寄りに移転して町田駅に改称するのですが、完全に接続せず中途半端な距離を残したのは移転に反対する周辺商店街の声を配慮したためです。どうやら乗り換え客により地元商店街はかなり潤っていたようです。


「マラソン道路」周辺は現在でも大小様々な店舗が軒を連ねて賑わっていますが、その中でも特に異彩を放っているのが「西のアメ横」と呼ばれている町田仲見世商店街でしょう。

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長さが約100mで幅が約2mの道の両側にレトロな店が立ち並んだ昭和の匂いがぷんぷんする街区です。町田仲見世商店街の象徴が入り口に店を構える2店ですが、今回は左側の小陽生煎饅頭屋を目指していました。ここは常に行列のできている焼き小籠包の超人気店です。

f:id:minamimachida0706:20170228220652j:plain熱いスープでやけどをしないよう、食べ方の注意書きまで貼られています。

f:id:minamimachida0706:20170228220710j:plain4個400円です。持ち帰ることもその場で食べることもできます。

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注意書き通り上に穴をあけてまずスープから味わいました。焼き小籠包は横浜中華街でも名物となっていますが、決して負けていません。

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皆さん店頭でフウフウ言いながら美味しそうに食べていました。

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入口右側のマルヤ製菓も大判焼きで有名な店です。

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テレビの街歩き番組が必ず訪れる「マルハチ」です。

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ここはマグロの唐揚げで有名です。

f:id:minamimachida0706:20170228220917j:plain町田ラーメンランキングで常に上位に来る人気ラーメン屋です。

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町田という新しい街でここだけ別世界となっています。

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戦後のどさくさの中で生まれたこのような商店街は各地にありましたが、そのほとんどが地上げにあって消えてしまいました。現在まで残っているというのは奇跡に近いのではないでしょうか。このような超個性的なエリアが今後も存続するよう町田市民として祈っております。

※ちなみに「マラソン道路」という言葉は今は残っていません。「マラソン通りどこですか?」と聞いても相当古くから町田で暮らしている方じゃないと答えられないと思いますのでご注意下さい。

 

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