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酒と車と御朱印と

「毎日更新」心願成就へ向け飲んで走ってひたすら祈る!果たして奇跡は起きるか!

【御朱印】上野大仏は「これ以上落ちない」ということで受験生に大人気

上野大仏はかつて上野公園内にあった高さ約6mの大仏の顔面部分だけをレリーフとして安置したものです。
私がこの顔だけの大仏の存在を知ったのはテレビ東京の「乃木坂ってどこ」でした。2014年の7月に乃木坂46の9枚目シングルヒット祈願で選抜メンバーは高さ120mの牛久大仏の清掃にチャレンジしますが、ロケに参加できなかった松井玲奈(当時)と星野みなみがその埋め合わせで掃除したのが上野大仏の顔です。ヘルメットに命綱というスタイルで牛久大仏の頭部を清掃する緊迫した場面が続いた後、一転して松井と星野が上野大仏の顔を雑巾で拭くゆるいシーンとなり、そのギャップに笑ってしまったものでした。


以後上野公園を訪れた際は必ず寄っていましたが、それが寛永寺の諸堂の一つでしかも御朱印まで頂けるということなので今回改めてお参りすることにしました。


上野大仏は1631年に越後村上城主である堀直寄が戦乱に倒れた将兵を敵味方なく供養するために寺邸内に土で阿弥陀如来像を建てたことから始まります。天下分け目の関ケ原の戦いの31年後、豊臣が滅亡した大阪夏の陣の16年後です。
その後地震で倒壊したことから1660年ごろ金銅像として再建されました。1698年には大仏殿まで建立されます。その後1841年に火災により損傷し修復、1855年には安政地震により損傷し修復と災難が続きました。そして明治になると上野公園の整備のため大仏殿が撤去されてしまいます。
最大の苦難は1923年の関東大震災で頭部が落下したことでした。その後頭部と胴体は寛永寺にて保管されますが、資金繰りの目途が立たなかったため再建計画が立てられません。結局先の大戦における金属類回収令により顔面部分を除く頭部と胴体が軍により回収されてしまいました。
関東大震災50回忌である昭和47年に保管されてきた顔面部分がレリーフとして復活したのが現在の上野大仏です。


かつて大仏様が置かれていた小高い丘の上にあります。

f:id:minamimachida0706:20170114212308j:plainこれまで何回も災難に遭って現在のお姿になっている訳ですが、それだけに「もうこれ以上落ちない」ということで試験合格のパワースポットとなっているというニュースを今年何回も見ました。

f:id:minamimachida0706:20170114212329j:plainこれまで試験に落ちたことの無い現役の受験生が「これ以上落ちない」ということにあやかりに来るのは少し虫が良すぎないかとかつての多浪生は思いますが、大仏様にとっても思いがけないことだったのではないでしょうか。
同じ丘の上には仏塔(パゴタ)が建立されていて本尊として薬師三尊像が祀られています。

f:id:minamimachida0706:20170114212348j:plain上野大仏の御朱印は清水観音堂で頂けます。

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大仏とパゴタの2種類ありますが、私は大仏の御朱印だけ頂きました。

 

寛永寺の諸堂で唯一輪王寺門跡となっている開山堂minamimachida0706.hatenablog.com

◆神様に頼ってばかりいないで努力しろという湯島天神の記事

 

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